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2012年 05月 24日
12.
今まで頭を頼りに自分を突き動かしていた何か(目標や形など)が無くなり 今度はエゴからくるもではない動機(感覚)で行動するようになるレッスンでした。 それはまるで子供のようになる道のりであり、頭からはもういいんだとわかって まとっているものを脱ぎ始めるものでした。 感覚を学んでいるせいか、意識はここに居るか居ないのかわからず 流れもないように感じていましたが、3次元的な流れがないだけで ちゃんと流れはありました。 ただ気を付けなければならないことは、どの地点にいてもブレる時はブレる。 惑わしや周りのエネルギーには注意が必要でした。 このあたりでスピリチュアルが嫌になってウンザリしたのを覚えています(笑) 以前はスピな目標にまっしぐらで固執していましたが この時はもう追い求めたり、探したりすることに何の興味もなく スピだけじゃないということを知ってスピから抜けた時でした。 (しかし、私の生きるフィールドはスピリチュアル。このスピから離れる体験も 必要だったのだと、後になってわかりました。) ワンネスの領域はネガティブでもポジティブでもない、ゼロポイントです。 ここは何もないのに全てあるポイント。全てを含んでいるので2元的になることは 不可能です。必要なことは、ただ感じていく地点に意識を下ろしていることです。 それは3次元だろうが5次元だろうが、多次元であるあなたを感じていくことです。 この多次元の自己を感じていく、それはとてもパワフルな出来事です。 必要なところに必要なことが起こります。 あなたはまるで、自分が風のように空気のように何もないと感じるかもしれません。 しかし、この風のように多次元の自己を認識していくことは とても素晴らしいことです。 (私の大切にしているメッセージの一つです。載せておきます。) その7へ 2012年 05月 24日
昨日下書きしてたものを間違ってアップしていました。ごめんなさい。
追記もあるので、あらためてアップしました。 10. 枠がなくなり、より深く自由を感じていました。 宇宙との共同創造へ向かっていくなかで、私のスピリットはワンネスも超えた 本来の根源回帰に照準があっていたので 目の前にある私を知っていくであろうレッスンの中から 本来の根源を見い出していく作業を求められました。 この根源を見い出す作業の中で、自分の本質を少しずつ知っていきました。 全ては並行現実で起こっていて、意識できるこの3次元にある肉体を土台として それ以降の次元が積み重なっています。 どうしても、意識の方に重点を置いていると肉体を忘れてしまいがちですが あらゆる次元に意識を向けられるのは土台となっている この3次元に肉体があるからであり、この体(肉体の軸)も大切にしてこそ 意識の世界(肉体も含めて)行き来することが可能になります。 そういったことをあらためて理解したのも、この時だったと思います。 そしてここからの流れは本来の自己を探すのではなく、気づいてくというものだったと思います。 11. スピリットは思うがままに楽しんでもらいたがっていました。 意識を持って探すのではなく、ハートが感じたことを受け入れて 行動することを求められていました。 それは頭や言葉ではない、感覚の方にシフトしていくものでした。 感覚で生きよう。感覚の世界を知ろう。 頭や言葉は必要なく、感覚的な生き方に変わると 全ての境界線が消え、次元間の境界線も消え 常に今に存在できるようになり、本当の意味での一瞬一瞬がわかってきます。 その6へ 2012年 05月 23日
9.の続きです。
自分を表現する形はあってもなくても、どっちでもいいとわかっているのに 無意識に形を求めてスッキリせず、落ち込んだり、泣いたり。 表現したいと思っても、何をやってもこれじゃないと満足しない自分に苛立ち ずっと形を求めていた分、形ないということは、表現のしようがないと 決めつけていました。行き場のないエネルギーの行き詰まりを感じストレスで 蕁麻疹まで出たくらいです(笑) しばらくその状態が続きましたが、ある本の一行を読んだとき 腑に落ちました。 「形あるものに向かっている限り、必ずそれに内在する限界に直面することになり、 いくら技術が進歩してもそれを超えることはできない。」 表現…私の定義でしかない ものにならない落胆…これも定義 こうあるものが形…これも定義 つまり、形になっているほうがわかりやすいというだけ。 何かに当てはめようとする意識は、もういらなかったのです。 自由なのに、自由にさせたいない意識があるだけでした。 この時やっと、私の「形」という価値観が粉々に壊れました。 (道のりを簡単に書こうと思っていましたが、具体的な内容になってしまいました。 そして、これはあくまでも私の通ったプロセスであり、体験する内容は 人それぞれです。) 「形」という価値観を通して、「枠にはめようとする」意識を手放すことで 技術でも能力でも形でもない、大切なことはそこに宿るエネルギーなのだと 実感しました。 私のスピリットは形(枠)を持たず、風のように、自由に羽ばたきたかったのだと やっとわかってあげられました。 これからは宇宙と共に、私が何かしていくというより 宇宙から与わったものをやっていく、宇宙と響き合う喜び 共同創造を知る流れになっていったと思います。 その5へ 2012年 05月 22日
あなたがそれをすると、嬉しくてしょうがない、楽しくてしょうがないことを
あたなの魂は知っている。 あなたのそれは、喜びだけでなく悲しみや苦しみも全て含んでいるというのに あなたは躊躇うことなく、両手を広げて受け取るでしょう。 あなたがハートの声に耳をかたむける時 その扉が開くでしょう。 さて今日はその3を書いていきます。 8. ここ(ワンネス)からが本当の生き方であり、それは2元性を超えたところから 始まるものでした。ワンネスに入ってもまだまだ肉体は3次元にあるので 真理を知った上での揺らぎ、惑わしは続きました。 名残りがあるので、ブレに気付いていくレッスンでもありました。 ワンネスに入ったと言っても、特別なところという感じはありませんでした。 ただ意識がとても静かでした。 本当に静かな日々を過ごしていて、スピから離れてただのおばさん状態でした(笑) 少し地に足の着かない感じもありました。 一瞬一瞬の感情の幅が、以前よりも短くなっていきました。 9. お役目に関するプロセスがメインの時でした。 私の体験を通して得た知恵、真理を人々に伝えていくという役目です。 私はその役目を表現するための、「形」を探しました。 今思うと、スピな世界に入る前は、自分を証明するための形を探していました。 この時はもう、自分を証明する必要はないことを理解していたので 私の中を流れるエネルギーをただ表現したい一心で探していたと思います。 形を見つけるために、チャネリングのレッスンを受けたりもしましたよ(笑) しかし、何をやってもどれもこれも違うと感じてしまうのです。 そんな流れもあり、私はずっと「形」に対する硬い価値観があったので 「形」という枠を超えていくために、このプロセスで「形」を破壊させなければ なりませんでした。 この「形」を破壊することは、私にとって簡単なことではありませんでした。 その4へ 2012年 05月 21日
6.
ここから次のゲートが開き、多次元についての学びが始まりました。 より自我を落とし、思考を解除していきます。 5次元意識で、3次元には肉体があるのでかかわる必要があるから 3次元に囚われない学びでもありました。 肉体的試練を与えられたときでもありました。 ハートと魂の学びに重きを置いて精進していましたが 肉体の学びなくして、ワンネスに入ることは出来なかったと思います。 この学びを通して流れに委ねるというテスト、どこまであなたは委ねられますか?という ことを問われ続けました。 それはコントロールすることを放棄し、自らが創り出した「怖れ」との対峙でもありました。 私は5次元にきても、まだ思考の枠の中でコントロールし 自分の手中におさめて理解しようとしていたので、そこに気付くまで徹底的に学ばされ もう自分に出来ることは何もないのだというところまで行き、完全に降参状態でした。 自我の理解の範疇を超えていたので、私に出来ることはスピリットを信じる ただそれだけでした。 しかしその降参が変容をもたらし、2元性からの目覚めとなりました。 これは、真我への到達でした。やっと見つけたという感じでした。 今思うと、今までの数々の解放は「怖れ」が必ずその根底にあったと思います。 逆を言えば、「怖れ」こそが変容への大きなギフトなのだと思いました。 7. それから静かな日々が続きました。 静寂を知っている状態。波は立っても中にいる。囚われなければ静か。 ワンネスまであと一歩というところ。 あまりにも静かなので、無意識に退屈を埋めようとする意識が 働きやすい時でもあります。ちなみに退屈も価値観です。 目標へとそそいできたエネルギーを、ワンネスを目の前にしてどう捉えるか そこと向き合う学びでした。 やり場のないエネルギーの発散を探しましたが、そのうちそれも降参したころ 求めるのではなく、ただ生きる、ただただという事に気付く体験があり その気付きがワンネスに入るキッカケになりました。 このころから、私のお役目に関するプロセスが始ましました。 得てきた知恵、真実を伝えていくという役目。表現することを求められ始めました。 その3へ
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